東京都民にはカツサンドでお馴染みの『肉の万世』。
そんな万世の総本店が秋葉原にあることは有名だろう。10階建てのビルが丸ごと万世のレストランなのだ。
ここは肉のワンダーランド。ステーキも、しゃぶしゃぶも、すき焼きも、ハンバーグも、トンカツも、焼き肉も、ローストビーフも、鉄板焼きも、およそ肉に関する料理なら何でもそろっている。
地下1階から10階まで、それぞれが別のレストランになっている。例えば1階入り口付近は立ち飲み形式、最上階は高級鉄板焼店と、提供スタイルにまで拘りがみえる。全階制覇を目指す人も多いのではないだろうか。
ただ、初めて訪れると何階で何を食べればいいか迷ってしまうと思う。無難にトンカツだろうか、ちょっと奮発してステーキか、しゃぶしゃぶも良い…。
そんな優柔不断なあなたにひっそりとオススメされている料理がある。
それが「ダブルパコリタン」だ。
ダブルパコリタンと聞いて、どんな姿を想像するだろうか。これは並居る魅惑の肉料理の中から、あえてダブルパコリタンを選び、食した記録だ。
万世ビルは誰の目にも明らかなので迷うことはないと思う。
入り口のお祭り騒ぎにもう圧倒されるかもしれないが、中へ進もう。
この日は一番オーソドックスなファミレス形式の「肉の万世レストラン(3〜4階)」に行ってみた。
ファミレスとしては大変ゆったりとした間隔の店内。席に座り、メニューを見る。
メインは何を食べようか、海老フライもつけようか…と迷っていると、後ろの方に見慣れぬ料理名がある。
初めて聞く噂に戸惑いつつ、まじまじと見てみる。パコリタンってなんだろう。
パコリタン=排骨(パーコー)ナポリタンの略。排骨麺でもお馴染みのパーコーは豚バラ肉の唐揚げのこと。
ダブルパコリタンとは、ダブルパーコーナポリタンなのだ。ボリューミーな響き。「Light meal 軽食」というカテゴリーとのギャップがすごい。
よく見ると、かわいらしい牛のイラストがおすすめしてくれている。パーコーは豚。牛が豚を食えと言っている。
ひどい奴だ!と一瞬思ったが、よく考えるとこれは必死の命乞いかもしれない。
こんなかわいらしい牛の命乞いを無碍にすることはできない。
決まった。
ウェイターのお兄さんを呼び、「ダブルパコリタンひとつ」と声に出して頼む。
ちょっと良いことをした気分で、アイスコーヒーを飲み一息つく。ダブルパコリタンを待とう。
大変見晴らしのいい席に案内してもらった。秋葉原が一望できる。
店内に視線を戻すと、万世に来たことを実感させてくれるキャラクターが至る所にいる。このキャラクターは、1949年の創業時に林義雄という童話画家に描いてもらったものだそうだ。70年前とは!昔のキャラクターとは思えない。良い意味でのゆるさがあると思う。
そうこうしているうちに、ジュージューと音を立ててやってきた。
圧倒的なボリューム感。これが噂のダブルパコリタンだ。
しかし、それだけではない。
注意深い方ならメニューを見逃さなかったかもしれないが、デフォルトでライスと豚汁がついてくる。しかも、セットにありがちな小ライスではなくしっかり一人前。
ダブル炭水化物なのだが、パーコーの存在感のおかげか、いわゆる「炭水化物をおかずに炭水化物を食べる」状態にギリギリ見えないところも素敵だ。
パーコー、食べる前はトンカツと何が違うの?という感じだったが、全然別ジャンルだ。ザクザクした食感が魅力のトンカツと違い、衣が薄いパーコーの魅力はサクッ、モチッと豚本来の弾力を感じられるところだろう。それゆえ、パーコーはトンカツよりも素材の甘みやうまみがダイレクトに届くのだ。さすが肉の万世、直球勝負だ。
ナポリタンは固めに茹でられていて、おこげもいい感じだ。オーソドックスで、これだ!と頷きたくなる味。
つまりダブルパコリタン、美味しい。
ライスをどう楽しむかだが、こうすると「パーコー定食に付け合わせのスパゲティが大量だった」と捉えることもできる。捉え方ひとつで、付け合わせのスパゲッティが豪華、という喜びも味わえる。
そして豚汁が美味しい。まず、肉が美味しい。なんとか写真に写そうと頑張ったが、むしろ沈んでいく姿からその重みを想像して欲しい。
そしてそれ以上にだしが美味しい。おそらく煮干しか、昆布か、かつおか、いりこでとっているんじゃないか。豚汁でありながら、しっかりと魚介系の出汁が効いた滋味深い味だった。
肉の万世レストラン、ここまでで大満足なのだが、それだけではない。もう一度外を眺めよう。
電車好きにとっても素晴らしいスポットだと思う。3階の高さは、ちょうど高架と同じ目線なのだ。都心の列車はいいリズムで通り過ぎる。電車が特別好きでもない自分でも、飽きることなく眺められる。
こうして、通り過ぎる電車や万世の愉快な仲間たちを楽しみつつ、ゆっくりとダブルパコリタンを完食した。満腹だ。
パーコー、ナポリタン、ご飯、豚汁という組み合わせは、個人プレーに走りがちなスター集団にも思えたが、実際はバリエーション豊かな戦略がとれる素敵なチームだった。次はどの順番で食べようかというワクワク感が最後まで保たれていた。
正直、食べる前はちょっと高いな…と思っていたが、食後はなんだか納得できる価格に感じる。ダブルパコリタンにはアトラクション性があるのだ。「食のテーマパーク」とは観光振興において安易に使われがちなキャッチフレーズだが、ここ万世秋葉原本店にこそ相応しいのではないか。
帰り際の推しの強さもテーマパーク感を高める。
1階へ降りると、万世グッズがおみやげとして並ぶコンビニがある。これまでの体験から、お土産を買わなきゃなと自然に思わせられてしまうのが怖い。子供の頃、ファミレスのレジで売ってるオモチャを前にした感覚だ。
手を振って、また食べにきてね!と言ってくれているように感じる。また行くね。
「万世」という体験をして、小さい頃親に連れて行ってもらったファミレスを思い出した。
あの頃はファミレスに連れて行ってもらうだけでワクワクしたものだ。何が特別だったかわからないけど、あれは確かに非日常だった。
大人になると、子供の頃の非日常は日常へと変わっていくし、食における非日常の質も多様になる。「ジャケット着用の高級フレンチ」だったり、「吉田類がいそうな下町の酒場」だったり、「ガチのエスニック料理」だったり、「ラーメン二郎」だったり。それぞれにそれぞれのワクワク感がある。大人の食の楽しみとはそういうものだ。
だけど今、あの頃のおおらかなファミレス体験を再び味わいたいと思った時、意外と選択肢は少ないのではないだろうか。
万世でダブルパコリタンを食す。そんな選択肢のひとつにいかがでしょうか。